人が建物をシェルターとして利用し、自然界から抜け出したのはかなり前からである。人の欲望は、快適さを求めて次第に建物が高度になり、それに代わって人工環境を作る技術も高まり、人が生活する空間すべての環境を設備に頼る時代になってきている。これに伴いビルメンテナンス業務の役割は重要となり、同時に、この業務のリスクも高まっている。
本格的なビルメンテナンス業が発足したのは、戦後間もない昭和20年代後半に大手町界隈で建設された第一次ビルブームからといわれている。このような中で、昭和45年には、建築基準法第12条に一定用途の建築物における設備の検査、また建築物の衛生的環境の確保などの観点から建築物衛生法(旧略称ビル管法)が制定され、このころから建築の安全・衛生の認識が高まってきた。ビルメテナンスの内容も清掃業務から次第に設備管理業務、警備・守衛業務、衛生管理業務へと広がり、技術的にも、保全・省エネ・省資源から環境保全技術へと拡大している。このような中で、1994年には業界の念願とする、日本標準産業分類にビルメンテナンス業が取り上げられることなり、社会的にも認知され、独立した一業種となった。しかし、プロパティマネジメントや性能発注など高度なマネージメント技法が出現する中、ビルメンテナンス業者は建物利用者に安心して生活できる人工環境提供者として立派に役割をはたしているだろうか。
渋谷の温泉における爆発事故や秋芳町のホテルでの一酸化炭素中毒などはまさにこのビルメンテナンスの仕組みに問題があったのではないだろうか。これらは顕在化された極端な例であるが、潜在的にはこれに似たような事象が多くあると思われる。建物利用者は、提供される人工環境には受け身である。ビルメンテナンスに従事する者は建物利用者に配慮した活動が必要であるし、建物利用者はビルメンテナンスに対する意識を高め、より安全性の高い活動を求めて行く必要があるのではないだろうか。
日本は物造りの国としてビルメンテナンスの教育はほとんど行われていない状況にあった。また、業界も閉鎖的で、業務の内容を外に見せるような活動も積極的ではなかった。しかも、ビルメンテナンスは多くの学問の集約的な業務であり、体系化も難しく、取り組み方もビルごとに皆違う。このためわかりにくく、社会的には関心の低い業種といえる。実際にビルメンテナンスの業務は何をやっているか皆目わからないというのが実態であり、極端なことを言えば、発注者も良くわからないし、分かっているのは担当者達のみという状況が考えられる。これではよいビルメンテナンスができるわけがなく、もっともっと社会的に関心を高め、併せて費用対効果のバランスの良い業種にしていくことが重要ではないだろうか。
このためにはまず業務の「見える化」が重要であり、更に、見える化によって顕在化した問題を、関係者の意見を聞きながら納得のいく仕組みに改善することが必要である。建築の「見える化」の例として、設計段階では設計図が、施工段階では施工図が媒体となってそれぞれの業務の内容を表している。ビルメンテナンス業務にもこのような図面等を取り込んで、清掃や設備管理などの業種ごとに、また日常業務や定期業務について平面図や系統図などを使い、点検や操作などの業務に合わせて「見える化」していくことは可能である。
マンションにおいても、このような業務の「見える化」によって、住民や管理会社更には直接業務を行うビルメンテナンス会社それぞれが共通認識をもつことができ、これによって相互の信頼感が醸成される。このような活動を通して業務の質を高めて行くことが、社会から信頼され、ストック時代に相応しい真のビルメンテナンス業種になれるのではないだろうか。 |