「標準的な長期修繕計画」の、資産価値向上・修繕積立金節約のためにできる工夫 |
平成29年9月1日
戸部マネジメントオフィス 代表 戸部 素尚 |
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1.はじめに
長期修繕計画は、いまや分譲マンションにとってはごく当たり前の資料となっていると思われます。そして、修繕積立金の金額算定の根拠となりうるとても大切な資料でもあります。にも関わらず、長期修繕計画を解読し、抜けている項目や、これをこうしたらもっと良くなるのではないかという議論を深めているマンションは多くなく、それは、非常に専門的な記載と、「表」と「グラフ」という読みたい気持ちを萎えさせるつくりにあると感じています。とはいえ、長期修繕計画をわかりやすく伝えるために作り直すことは、相当の努力が必要と思います。
2.長期修繕計画の役割
長期修繕計画は、「新築時の機能・性能を維持するために必要な工事=修繕」をいつ、どのようにいくらくらいで行うかを計画したものです。ここで抜けているのは、いわゆる「改良=グレードアップ」です。「修繕」のついでに「改良」をしてしまおうとするのが「改修」です。
社会的に、毎年新築マンションが販売され、時代が流れるとともに、当たり前の設備が登載されていくわけですから、築年数の経過したマンションは、物質的な劣化とともに社会的な劣化としての陳腐化が資産価値の向上を阻んでいます。
いくら修繕し、新築時の性能を維持していたとしても、新築マンションに負けない設備やデザインになるわけではないとすると、長期修繕計画というのはマンションを維持するために、最低限必要な計画であると言えます。
しかし、その最低限のレベルを維持するための長期修繕計画でさえ、修繕積立金が高い!というご意見もあるわけで、とてもグレードアップまでやる余裕はないというマンションがほとんどでしょう。
そこで、今回は、テクニカルな「管理技術」ではなくソフト的な「管理技術」をご紹介することとします。
3.ソフト的管理技術[1] マンションの終了年次を定めておく
マンションはSRC造、RC造が一般的です。そしてよく例に出される“軍艦島”のRC造では生活はできないものの、まだまだその形を残しており、いかに長期間RC造が堅固のまま維持されるのかを物語っています。
ハード的な問題では、コンクリートはきちんと外壁塗装やタイルをメンテナンスしてあげれば、ずっと長持ちします。そして、給水や排水、消防、ガス、電気、通信、エレベータ等日常生活に必要な設備もまた、維持保全してあげれば長持ちするわけです。
こう考えると、マンションは大切にしていさえすれば、ずっと資産価値が維持できるのでは?と思われましょう。ここで、資産価値を「居住快適性(誰もが住みたいと思う)」という事情を排除し、「売買価値」のみに視点を絞ってお話ししますと、実際にはある一定築年数以降は、売買価値としてのマンションの資産価値は、競争力がかなり落ちてしまいます。その理由は、住宅ローンにあります。
住宅ローンは、金融機関によって異なるものの、その担保物件となる物件の築年数の上限を定めています。概ね60年〜70年という設定が多いと感じます。例でいえば、築45年のマンションを購入しようとすると、築60年までしか担保価値を認めていない金融機関では、15年のローンしか組めないこととなります。もちろん、現金で一括で購入するという方にとっては関係のない話ですが、そういった購入者は、市場においてはまれであると考えられます。
また、他方、上限を設定していない金融機関もあります。しかしそういう金融機関で築45年で30年間の住宅ローンを組んだ場合、築75年まで住宅ローンを支払い続けることができるわけですが、おそらく、築60年くらいで建替えの話題が管理組合で出てくると思われます。そのときに、のこり15年分(単純計算では約半分の残債がある)の未払い債務がある方は、今よりも床面積が狭くなり、かつ、住宅ローンを支払いながら建替え期間中の仮住まいの費用を支払う「ダブルの住宅費」を負担することとなってしまいます。もちろん、余剰床が出て十分な床面積確保でき、工事費も仮住まい費用も賄えるよ!という状況下での建替えであればいいですが、今後そのような幸せなマンションは少なくなっていきますので、現実的には悲観的に考えておいた方がいいと考えられます。
このような状況下で、建替えに賛成できるか?という問いに対しては「(経済的な理由や環境の激変により)建替え反対」という回答になる方も少なくないと考えられます。しかも、建替えの場合には売渡請求という制度により、いくら反対しても4/5が賛成すれば、専有部分を強制的に換価されてしまう法律があることから、せっかく買ったマンションを追い出される羽目にもなってしまいます。
こういった購入時には考えもしなかった事案(個人的には人生を狂わす悲劇と言えるかもしれません)にならないためにはどうしたらいいでしょうか?
その解は長期修繕計画に、「マンションが終了する年を設定しておくこと」(逆を言えば、「マンションを建て替えずにずっと維持していくこと」)を決めることにあります。
マンションにとって、築30年〜40年程度になると、第3回目の大規模修繕工事を経験し、うすうす建替えや今後このマンションはどうなっていくんだろうという不安感が出てきます。その際、将来的に具体的な計画がない中でも、大きな方針を総会で諮っておくことにより、今後売買によって購入する新住民にもマンションの将来を事前に告知することができ、その理念や方針に感化された方が居住者として住む(場合によっては建替えを期待して、不動産業者の購入が相次ぐかもしれませんが)という共通の意識を持った方々のマンションになれると思っています。しかも、終わりを見据えることにより、修繕工事をあえて行わないという選択肢も十分にあり得ることとなります。
築35年を超えたら、マンションの終わる日を区分所有者のみなさん全員で考えてみませんか?
建替えができるかできないか、法律の改正や各市区町村の条例等の改正がありますから、それはその年次になってみないとわかりませんが、それでも新たに住民となる方々が混乱せず、また、建替えの議論がスムーズに進むように、とりあえず方針として設定しておく価値があると思われます。
4.ソフト的管理技術[2] 窓サッシを各戸で更新できるようにルール作りをする
言われるまでもなく窓サッシは「共用部分」です。共用部分ですから、各自で勝手にリフォームや修繕、更新をしてはいけません。逆を言えば、管理組合が更新や修繕を行う、ということになります。にも関わらず、長期修繕計画では、築40年〜45年に窓サッシの更新を入れているところもあり、または前述の通り「長期修繕計画は新築時の性能・機能を維持するためのもの」ということで、更新ではなく修理で計上しているマンションもあります。そもそも、お金がかかるから、ということで計画にさえ入っていないというマンションもあります。
専有部分は自由にリフォームし、現代風にアレンジできますが、サッシだけがそのままで時代物・・・という中古物件もけっこうあります。本当に資産価値を維持していくなら、窓サッシも更新した方が居住快適性はぐっと上がると感じますし、デザインの点においての満足感も違います。
でも勝手に修繕や更新されたらまずいのでは?ということになるわけですが、窓サッシが共用部分であるゆえんは、防火上の問題点と意匠上の問題点がメインにあります。つまり、この2点をクリアしさえすれば、各自で変えようが管理組合が変えようが、それは問題ではないということになります。
具体的な方法としては、「管理組合で窓サッシの仕様(耐風、気密、水密、遮音、防火性能、ガラスの色、中桟の有無、換気框の有無等)を事前に決めて、それに従った修繕・更新であれば自由にして構わない」というものです。さらに具体的には、複数のある建具メーカーに協力をいただき、統一的なルールを定め、それに従って、この会社とこの会社であればこの指定のタイプしか選択してはいけない等のルールを定めるわけです。それによって、各自が自由にリフォームすることが出来ます。
これで何が起こるかというと、管理組合としては膨大なお金がかかると予想していた「窓サッシの更新」が、修繕計画からすっぽりと外すことができる、という点にメリットがあります。管理組合の方針で、窓サッシは自分たちでやりましょう!ルールはこれです、と定めることによって、専有部分の資産価値を高めたい、居住快適性を高めたいという方は自由に実施できることとなりますし、このままでよいと言う方にとっては、その分の修繕積立金を負担しないで済むというメリットもあります。
結果として、窓サッシの改修の恩恵は、極端にその住戸にしか帰属しないわけですから、その実施タイミングは自由に定めても他の住戸には何らの影響がないと考えられるわけです。
あえてデメリットを挙げるとしては、国土交通省の全戸全窓更新時の補助金が使えない、デザインが場合によりまちまちとなる、金銭的に余裕のない住戸は更新できないというところでしょうか。
しかし、現在においては経済産業省、東京都(8月から補助金を設定する予定のようです)の補助金もあてにできるようですから、各戸で実施する時期的なメリットがあると考えられます。
5.最後に・・・
世の中には「標準的」なものがあふれています。マンションは二つとして同じ居住者、同じ建物、同じ立地のものがない中で、標準的なものというのはどういう意味なのでしょうか? 法律的な部分や一般常識的な部分において、守らねばならないものが画一的であるのは当然ですが、そのマンションにあった考え方や工夫、知恵は「標準的なものは正しい」あるいは「標準的なものが無難」といった考え方からはなかなか生まれないものです。ぜひ、マンションごとに居住者同士で知恵を絞って(場合によっては専門家の知恵と工夫、経験を参考に)、より良いマンションにしていけると良いですね。 |