修繕積立金増額のための手引き 〜実際の事例から〜 |
平成26年9月1日
戸部マネジメントオフィス マンション管理士 戸部 素尚 |
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1.はじめに
修繕積立金は、ほとんどのマンションで新築時の金額設定では、どうしようもなくなってくる時期が必ず来ます。新築時には、住宅ローンの申し込みもあり、月々の固定経費は安くする方が買主が多くなるあるいは売主として売りやすいといった理由から低く設定されています。
そういった環境にも関わらず、増額になることを知らずに購入している方がたくさんいます。また、管理費と修繕積立金の違いさえも理解していない方も多くいらっしゃるのが現状です。
1回目の大規模修繕が完了する頃、概ね築10年程度になれば、修繕積立金が足りなくなることが判明し、どのようにマンション運営を行っていくかをしっかり検討するようになります。その時に理事になった方のために、修繕積立金を増額するために行っておくことがよいことを教授します。
2.修繕積立金って?
次のグラフをご覧ください。
「修繕」積立金ですから、修繕のために積み立てるお金です。修繕というのは、当初(新築時)の機能・性能に戻すために行う工事のことです。しかし、マンションというのは、時代と共に消費者のニーズが高まり、それに伴い法令も改正され、社会的に要請される設備や環境が増加していきます。たとえば、築年数の古いマンションではエレベータがない、自動ドアがない、オートロックではない等のマンションがまだまだあります。新築時の性能に戻すだけでは居住者の利便性には変化がありませんが、やはり時代のニーズは取り入れていきたいものです。
そういった、修繕をするための計画を、長期修繕計画といいます。どの設備に、どの数量、どんな直し方をするとして、いくらくらいかかるのか、そしてそれはどんな周期で直していくのかをまとめた表です。加えて、資金計画を合わせます。当初のままの修繕積立金額で足りるのか足りないのか、足りないなら、いつ、いくらくらい増額しなければならないのかを検討します。
そして、長期修繕計画の骨格を作成したら、次には、グラフ中にもありますが、「改良」について検討します。[1]設備やデザインの陳腐化を払しょくするため、グレードアップをするための積立、[2]法令改正や増税による負担増に対応するための積立、[3]地震や火災、水害等の突発的な災害による復旧の費用をするための積立、等余裕があれば、すべてを網羅して計画を作成したいものです。
3.修繕積立金増額時に検討しなければならないこと
修繕積立金を増額する際には、必ず長期修繕計画が、現状に沿ったものかどうかを検討しなければなりません。現状に合っていなければ、無駄が生じますし、項目に過不足があれば、せっかくの積立も、目的がない積立になってしまいます。
次に、一番大切なことですが、各住戸がいくらくらいならば増額に対応できるか、です。各戸とも概ね築10年くらいたちますと、新婚でマンションを購入した世代が多いと思いますが、子育ての真最中で学費や教育費にお金がかかる時期です。給料も右肩上がりの時代とは違い、据え置きあるいは下がっていく時代ですから、月々1万円の増額でも世帯に与えるダメージは深刻な問題となり得ます。
よくあるのは、各戸の生活とは切り離し関係ないとして、管理組合の方が大事だから増額を認めなさいと上からの態度で接している役員さんあるいは管理会社の方がいらっしゃいますが、それは違うと思います。各戸の生活があって初めて共有物であるマンションの共用部分が成り立っているので、私としては一人一人と向き合って、生活を守りつつもマンション全体を維持できる範囲で増額を可能にすべきと思います。まずはアンケートを取り、説明会を行い、皆の生活レベルがどの程度なのかを把握し、さらに修繕積立金についてきちんと理解できているかを把握したうえで、金額の検討に入るべきです。
4.増額に関するよくある反論(=越えなければならないハードル)
ここからは、事例でお話ししましょう。
・修繕積立金を増額するためには、総会の決議が必要です。総会に出すためには、長期修繕計画を見直し、その結果いくら足りなくなるため、いくら増額させてほしいという議案を作成しなければなりません。ここでよくあるのが、長期修繕計画がそもそも合っているのか?という検証がなされておらず、信頼性において不安があるという反論です。多くは管理会社が作成し提出していますが、管理会社もその中身について住民の皆さんに詳細に説明するような説明会を開いているケースが多くないようです。たとえ、行ったとしても専門的な事項が多いために出席率はあまり多くないのが現状です。
私は、管理会社が長期修繕計画を作成する以前に、ミスが多発していたために、長期修繕計画の中身についての信頼性が揺らいでいたため、検証をしてほしいという業務を受けたことが数件あります。
結果としては、70点程度で、致命的な計画の間違いはないものの、項目漏れや、周期相違、修繕方法の選択ミス等は散見されました。管理組合には、一つの成果物を提出するだけではなく、2で記載したような選択肢をもっと提供して、管理組合の皆さんにもっと親しみやすい計画または検討しやすい計画を提出すべきであったという思いがあります。
検証を行った結果、70点であるが、信頼性に足る計画であるとお墨付きを与え、理事会として住民からの質問には、作成者である管理会社とマンション管理士とでその内容の適正性について支援を致しましたことで、総会の決議を取りやすくしたという事例があります。検証を行うことで、理事さんも理解が深まり、計画とはこういうものであったかということで、知識が増えてよかったと感じている方が多くいました。
・次に、各戸の生活を見直すことを、管理組合として支援する方法があります。実際に行った事例では、住宅ローンの見直しでした。住宅ローンは、バブル期に比べて低金利になっていますので、借り換えをすれば支払額が数万円下がるケースもあります。金融のコンサルタントと一緒に、マンション一戸一戸の住宅ローン借り換えの相談に応じ、また、団体信用生命と民間の生命保険会社との比較等を徹底的に行い、月々の費用を抑え込む方法を取りながら、管理組合が住民一人一人の生活にも支援していくという姿勢を含めて、理解をしていただき、総会承認を得たケースもあります。
住宅ローンの借り換えや団体信用生命の外し方等、専門的な知識やノウハウが必要であり、専門家が管理組合を支援できたケースであったと思います。
・最後に、管理費の見直しです。管理費は、月々あるいは毎年の費用として必要経費として消えていくものですが、新築当初に管理会社と契約したままの内容で進んでいるケースが多くあります。その内容が本当に合っているものかを検討することは少ないです。たとえば、定期清掃ですが、多いマンションでは、2か月に1回、マンションのエントランスの床面だけをずっと続けているわけですが、同じところをきれいにしたところで、他の箇所も目立ってきますから、まんべんなく無駄なく清掃をすることで、マンション全体が清潔になっていくものと考えられますが、当たり前のように、悪く言えばバカの一つ覚えでエントランスの床面だけを契約だからとずっと行っている管理会社が非常に多いと言えます。
そういった、管理会社との契約内容を見直すことや他社の見積りを取得して比較を行う、管理会社に任せなくとも大丈夫な契約を直接発注としていく(ただし、デメリットもあるため注意が必要です)等の方法を取り、管理費を下げた分を修繕積立金に回すといった手法もよくとられます。
結果として、サービスレベルが落ちないあるいは上がって管理委託費が下がったところもあります。もちろん、委託費だけではなく、保険契約や電気代、電話代、植栽管理費等節約する方法がある勘定科目もありますので、総合的に見直すことが大切です。痛みを伴う削減例として、サービスが落ちるが、住民の汗でそれをカバーしようとするケースもありますので、マンションによって様々な方法が存在します。
・おまけとして、運用をするというのも大切なことです。マンションの場合、収益性よりも安全性を最優先にしなければなりませんので、普通預金や定期預金が主な運用先となります。普通預金は、決済性預金と言って、利息が発生しない代わりに全額がペイオフの対象となるもの(ペイオフ=全額保護、ペイオフ解禁=定額保護への移行)です。このままでは利息が発生しませんから、運用をするために、[1]積立損害保険、[2]すまい・る債、[3]国債・都債、[4]定期預金・定期貯金等を複数運用することで、資金を増加させることができます。ただし、長期修繕計画をよく見て、資金を使用するであろう期間前に解約あるいは満期が来るようなプランを立てて運用することが大切です。
5.結論
修繕積立金を増額するという総会議案を通すためには、既述の通り
- 長期修繕計画の適正性の確認
- 各戸の生活の確保のための支援策
- 管理費の見直し
- 修繕積立金の運用
があり、すべてを実施せよとは言いませんが、理事会がこれらを検討して、区分所有者に対して「ここまで努力しましたが、これ以上は無理ですから上げさせてください」といった姿勢・努力が総会の際に応援という形で反映してくると信じています。
そしてこれらは、一部を除き管理会社ができない業務です。
- 長期修繕計画の適正性の確認 …自社で作成したものは第三者検証ができません
- 各戸の生活の確保のための支援策 …管理会社は専有部分支援は契約にありません
- 管理費の見直し …他社の見積りを取ることができません
- 修繕積立金の運用 …アドバイスや計算をすることができます
大切な 1. 2. 3. は、管理会社の言いなりではどれも適正に実施することができませんから、管理組合の自主性を発揮して行わなければならないことを、ぜひ実行していただき、当初から低めに設定されていた修繕積立金額を適正額に戻していただければ幸いです。
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