現在、高度経済成長期に建設された数多くの建物が、その建て替え時期に切迫しています。築数十年も経ているため、部屋の大きさ、居住空間の狭さや設備更新への対応の悪さといった機能面での問題も山積しております。
更に、耐震規定についても現行基準以前の基準に従って建てられたものが多く、構造性能が不足しているものも多い。これらの理由から、既存建物はスクラップ&ビルド方式で建替えられることが多くなっております。流通業において、イオングループ等がこの手法を多く活用しています。
我が国のリフォーム事例の特徴は、集合住宅の建築ストックに対して、改修によって建物の機能回復や機能向上を図り、資産価値を付加して活用することを意図とするもので、建替え対象となった建築物の寿命を延ばす方向に誘導するものでした。
その手法は、住宅内のリフォーム、改修に限定されており、建物の構造躯体に手を加えて住戸の大きさや間取りを変更するということまではあまり行ってはいない。
単に内外装や設備の手直しによって、老朽化した建築物の改修を図ってきたに過ぎないものでした。
震災への対応は新耐震基準で建設された81年以降の竣工ストックは、耐震改修の母体とはなりにくく、81年以前の古くなった建物を改修などの対象としていたと考えられます。このことは、建築物の改造、改修に関する現行法令との関係で、法規の範囲を超えないことを前提にしていることが一因と考えられます。
但し、事務所ビルから共同住宅への転用のように、建物用途を変更して改修、転用することはすでに行われています。81年以前の老朽化した建物も対象範囲として構造躯体の変更やそれに伴う必要となる耐震補強まで考慮して既存建築物のリニューアルを行い、建物用途変更も含めて広範囲な社会的ニーズに応えているものと推察されます。
リニューアルに関する問題点を、法令面・制度面・計画面・構造面について検討してみます。
(1)法令面
リニューアルにおける法令面の取扱いに関しては、個別物件ごとに検討事項も異なりますが、リニューアルを効率的かつ円滑に行うためには、
[1]既存不適格に対する主要構造部の模様替えの法的整理(法6条の申請の要否)
第6条「建築物の大規模の修繕若しくは大規模の模様替えをしようとする場合は、当該工事に着手する前に、その計画が建築基準法管径規定・・・(略)・・・に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない」となっております。
増築については、第6条第2項に「防火地域及び準防火地域以外において、建築物を増築し、改築し、・・・(略)・・・増築の係る床面積の合計が10m2以内であるときは、適用しない」と規定されており10m2を超えると建物全体が現行基準を遵守しなければなりません。
[2]既存の建築物に対する制限の緩和等の整理(施行令第8章の関連)
構造安全性の緩和は全くありません。
[3]耐震改修促進法適用の整理
大規模な修繕・模様替えに関する規定との整理が必要です。
[4]消防法関連
特に検討が必要なものは、2方向避難の確保、それが不可能な場合は消防設備の設置が必要となってきます。また、集合住宅においては各戸単位での防火区画が形成されるため、設備用配管等の防火区画貫通に関して改善する必要があります。
(2)制度面
既存建物をリニューアルするためには当然費用が必要となります。
国家的見地からすれば、既存ストックの有効利用は資源の有効利用、環境保護、リニューアルに伴う建設工事による経済効果、リニューアルによる耐震補強の促進等メリットが多いが、私用建物は個人の財産であり、家賃収入と建設費の回収、維持管理費用のバランスを考慮しなければならない。さらに付加価値をつけるとコストと性能の関係からもリニューアルは有利となります。但し、かなり長いスパンでの条件となります。
UR都市機構のような独立行政法人であれば対応は可能かもしれませんが、寿命が短い個人の資産の場合は、どのような展開になるのかを検討する必要があります。
リニューアル資金の貸し付けや資産の債権化などして資産を広範囲な次世代を受け継ぐ政策が必要と思われます。
(3)計画面
既存建物がリニューアルされないでスクラップ&ビルドされる計画上の問題点は、集合住宅、事務所ビルとも共通で、[1]階高が低い、[2]スラブが薄い、[3]狭い、[4]バリアフリーに対応していない、[5]消防法への適応ができない、[6]エレベータや新しい設備への対応ができない等があります。これらの課題を解決する計画上の方法は。
[1]階高が低い→床スラブを抜いて高くする。
[2]スラブが薄い→音と振動問題→遮音効果のある仕上げをする。スラブを厚くする。振動制御を行う。
[3]狭い→水平2戸一、上下2戸一などで広くする。
[4]バリアフリー対応→広くなればスロープも可能となる。構造躯体を変更する。
[5]消防法→広くすれば避難通路も確保できます。
[6]最新の設備機器の導入→階高を高くし、設備スペースを確保し設備機器の更新ができるようにする。機器類の搬出入スペースの確保も検討します。
以上の対応を考慮すれば、既存建物のリニューアルは、構造をいじらない計画手法のみでの対応では限界があり、構造的なSI(スケルトンインフィル)化を目指しているともいえます。
(4)構造面
リニューアルの方向は、SI化とその活用ではないでしょうか。
従って、構造面では構造躯体のSI化が目指す方向となります。この場合、インフィルの方は短い時間的スパンで更なるリニューアルも可能ですが、スケルトンについては短期間でのリニューアルはコスト面から実現は困難です。よって、リニューアルの時点で耐震性、居住性、設備機器の更新性、耐震修復性等について、その性能を高め付加価値をつける必要があります。その観点からもSI化はリニューアルの構造面における解決策の一つと考えられます。さらに忘れてはならないのは基礎構造の問題です。
基礎構造の補修・補強は困難であることや、2000年の基準法改正前の基礎構造は水平力に対する検討がなされていないため、上部構造の重量を大きくするようなリニューアルは避けることが望ましいです。
[1]耐震性向上の方法
耐震性向上には、強度を上げる。変形能を増す。重量を軽くする。エネルギー吸収装置を付加する。地震入力を低減する等の方法があります。
・強度を上げることによる耐震性の向上が最も望ましいです。耐震壁の増設が一般的な方法ですが、基礎構造への負担や狭い空間拡大のためのリニューアルであることを考えると必ずしも最善とは言えません。
・変形能を増すことによる耐震性の向上はシート補強などにより柱の靱性能を増す方法が一般的です。
・重量を軽くすることによる耐震性の向上は、上階を取り払う等の方法です。この方法は、2階おきの床スラブの撤去、戸境壁の撤去などで、空間拡大の要望に沿うものとして検討に値します。例えば、5階建てのアパートの2階と4階の床を抜くことにより、自重、積載重量は約3/5となり、耐震性は他に何もしなくても1.6倍以上の向上が期待できます。その他、軸力の低減により変形能の向上も期待できますし基礎構造の負担も軽くなります。
・エネルギー吸収装置を付加することによる耐震性の向上は、ダンパーなどの装置を架構に付加して行うのが一般的です。その装置を取り付ける架構の強度の検討などが必要ですが、損傷をその装置に集中させることによる耐震修復性の向上は期待できます。
・地震入力を低減することによる耐震性の向上は、免震装置により実現することが一般的です。この方法は、基礎下に免震装置を設けると二重の基礎が必要となりコスト高となるが、リニューアルに合わせ柱頭免震などを採用すればコスト面でも利用される可能性は高くなります。また、上部構造には損傷が生じないなど、わかりやすい耐震性能も魅力的です。
おわりに、既存建物を有効に活用するためには、優良建築物の長期耐用化、空間拡大、性能向上技術が不可欠であり、さらにこれらの技術および関連技術とその利用方法、評価がデータベース化され、利用者、設計者、施工者間の意思決定に適切に利用されることが求められております。関係諸兄の奮闘を期待しております。
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